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4段から成る滝はそれぞれの雰囲気が異なり見事なモノです。
季節によりその姿を変え春夏秋冬の4度来なければその良さを知ることが出来ないと云われ 四度の滝 とも称されます。
残念ながら私は四季折々の姿を見るに至っておりません。
観瀑コースを外れると吊り橋があります。吊り橋からも滝を見ることが出来ますが眼下に見える奇怪な岩に注目しましょう。
川の流れをせき止めてしまいそうな大岩ですがよく見ると小さな石(細石・さざれ石)をセメントで固めたような岩です。
君が代の歌にある 『さざれ石の巌となりて』 とはまさにこの岩(巌)のことです。
細かい石が水に含まれる石灰質と長期間に及ぶ地殻の圧力でひとつの岩となったモノです。
詩に詠まれた 『巌』 は岐阜県に有ると云われています。
北茨城市五浦(いづら)にある岡倉天心が生活していたと云われる家です。
2011年の津波で床のところまで水が来たと云うことです。その後修復補強復元されました。
基礎はベタ基礎に更新され柱なども継ぎ修復されました。耐震補強の筋交いなども使われていますがそれらは敢えて更新と解るように作られていました。
この建物は岡倉が使う以前2階屋で、豪華な家ではなく古材を利用し質素な作りで改修されたモノです。
今回の復元もその姿を変えることなく改修されたと云うことです。(現地ボランティアガイドの説明)
住居から海岸へ下りて行くと岡倉が設計したと云われる六角堂があります。
休息の場、茶室としても使われたとも云われています。今回の津波では跡形もなく流され文献を頼りに復元されたようです。
窓はとても大きく驚きます。使われているガラスは当時を忍ぶ平滑度の悪いガラスをイギリスから求めたようです。
窓枠の柱にはヤモリの彫像がさりけ無く飾られています。とても気になったのですが岡倉の作品かは不明です。
また今回の改修で建築当初には存在した六角灯籠の存在が明らかになり文献頼りに海岸の岩礁の上に復元されました。上の写真に見えています。
袋田と五浦の町は未だに地震と津波の被害が随所に残っています。袋田から距離的に近い山道を抜けようとしたら途中で 『災害復旧工事未完のため全面通行止め』 の看板。急がば回れと云うことになりました。
また福島原発事故の影響もあるのか観光客の姿は少なく立ち寄ったそば屋の主も心なしか元気がありません。 『何十年も待つ間に死んでしまう』 となげいていました。
廃棄物処理が出来ない原発は止めましょう!