2011年9月14日水曜日

佐渡島

何となく思い立って佐渡島へ行ってきました。
今回は旅行会社のパックツアーです。
大宮駅に入線していたのは『ハヤブサ青森』ゆき、もちろんコレには乗りません。
新潟行きはトキです。新潟からはフェリーで両津港へ。
朝出て午後には佐渡島に上陸です。
汽車?は速いし、船はゆれない、島内の道路も舗装され快適ドライブです。
30年ほど前に来たときは随分時間が掛かったと思います。道路も殆どが砂利道だったようにい思います。
佐渡島と云えば朱鷺。保護センタのケージには10羽ほど、ゆっくりと羽を休めていました。
お愛想でチョット飛んでくれないかなあ~ 暫く見てましたがやはり飛びません。
と云うより殆ど動きません。
鴇色の羽は見ることが出来ませんでした。
佐渡島には昔ながらのモノが多く残っているかと思いましたが?
旅館(名前はホテル)のロビーにはnetに繋がるパソコンも!
でも、こんな電話機が現役でした。
実は私の家も同じ#600の電話機を使ってます。色はグリーンですけど。
TVもアナログ変換して見ていました。他の旅館はどうなんでしょう???
数百メートルの高台にあるおみやげ屋さん。
普通の人はこんなとこ写真に撮りませんね。屋根の上に電線が引き回してあります。
コレは避雷針です。尖っていませんけど!
次の写真を見ればうなずけます。接地極との接続箱があります。

冬場は厳しい気象なのか窓には防風雪の羽目板を固定する枠がある。冬はお休み!
冬に多いと云われる日本海側の雷さま。2階建ての建物で本格的な避雷工事をするとは。
あらためて日本海の厳しい天候を感じます。
佐渡島と云えば『金山』、さっそく坑道を見学しました。
蝋人形などを駆使して解りやすく作られていたのですがあまりにも良くできすぎて綺麗で快適な環境に見えてしまいます。
本当は流人のきついつらい仕事場だったのです。

見学通路も完全舗装、階段にはタイルの滑り止め!至れり尽くせり。
当時の画像も展示されてましたが復元坑道があまりにも立派で画像のきついつらい仕事との格差が大きく違和感を感じます。


蘇我さんの娘さんが働いてる酒造会社。工場見学と云うことで入ってみました。酒蔵の仕事のミニチュアが何とも愉快。
見学は表向き、販売が目的?
娘さんは手を振ってバスのお見送り!
最近よくある観光ツアーに組み込まれた販促企画。あまり良い気持ちではない。気分が悪いので何も買わない。
それでも多くの参加者は沢山買っている。やめられない仕事!!




〆は、たらい船。
思ったより安定性はよい。
試しに漕いでみる。
しかし櫓を押したり引いたり船は進まずその場を回るのみ。

パックツアーは良し悪しはいろいろあるけれど夕方まで遊んで夜には帰宅。
色々な手配をせず気楽な点はよいのか。
2度目の訪問。
島は綺麗になっていますが町をよく見ると商売を辞めたと思える店が沢山見られます。
綺麗になって豊かさも見えますが町は寂しくなってるのでしょう。
本当に豊かなのだろうか?

なまずさん

先日(9月11日)、雷除の総本宮と云われる 上州板倉の雷電神社へ行ってきました。
ここへ行くのは初めてではないのです。以前にもお参りしていますが、雷電神社は雷除だけでなく地震除けのも御利益があるのを思い出し行ってきました。
http://www.raiden.or.jp/index2.html

境内の裏の方に『なまずさん』と呼ばれるご神体をお祀りしてあります。
今回はなまずさんの分身『子なまず』さんを頂いて参りました。

お守りの中身を見てはいけないとも云われますが、こんな御札と黄金の『子なまず』さんが納められていました。
これで地震、雷、の災害から守られるでしょう!

2011年9月10日土曜日

誤差の多い線量計

市販の線量計・誤差が多いらしい。
国産の高価な物は大丈夫とも書いてあった。国産品はチョットした物で3万、これなら良いかなと思うのは10万以上。
今まで数が売れなかったから高いのか?
外観はどう見ても安物のポケットラジオのレベル。


それに比べ中国製の外観は100均ラジオのレベル。
中身は今や過去の物となったGM管仕様が殆ど。
不肖私が作った物も精度は怪しい。
http://ja1cvf1.blogspot.com/2011/07/home-brew-geiger-muller-counter.html
材料費もジャンクのGM管が割高のため5~6000円掛かってしまった。
*自作の場合命と云える校正がネックになる。
新たにGM管を使わない物を考えたが技量が及ばず未だ完成しない。
国産の安いモノが発売間近、あれこれ云うよりこれを買う方がよさそう。
それを買えば誤差は少ないのだろうか?
実は、測定の方法で誤差が多くなってしまうらしい。
簡易型の場合γ線のみを測る必要がある。β線はフィルタで切らねばならないのですがこれが厄介。
フィルタの特性は重要で誤差に大きく影響する。
正直言うと私のはフィルタは入っていない・測定値はあやしい。
細かいことは私には説明できず鵜呑みにするだけ。
誤差が多いと云われたモノ・多分フィルタが入っていないのだろう。
地表に堆積された放射性物質の場合地面から1m以内に近づくと急にβ線レベルが上がるらしい。
そのためか低い位置での計測はβ線の影響で誤差が多くなる。


1万円程度で買える国産の線量計、どんなモノか楽しみだ。


九州の方で福島産品のセールをしたいと云ったら放射能をまき散らすからと云われ中止になったらしい。
これこそ風評被害であるが誰も『大丈夫』と言い切れない。会場で検査結果を見せ、あるいはその場で検査しOKを出す。それをせずに風評被害で困ったと云ってる。業者は気の毒だ。
そんなときなぜ政府は『全量検査します』と云わないのか?
風評被害をまき散らしているのは何もしない政府であり、風評被害に困惑してるのも政府自身だ。


近隣のスーパでは独自に『全量検査』をうたってる店もあるが零細業者はそれも出来ず風評被害に曝されている。









2011年9月9日金曜日

My Town Sugito・地元杉戸町

気がつけば私のホームページにはほとんど地元の話がありません。
戦後、東京・世田谷に福島の疎開先から戻り、小学生の頃、東京・中野に移住。それ以前はほとんど記憶にありません。
中野には退職するまでの長い時間を経験したことになります。
市街地で喧噪の中にいたのですが何となく終の棲家として選んだのがこの町。
埼玉県の北東部。東は千葉県、北に群馬、栃木、茨城、つまりこの5県がギュッと集まった関東平野のヘソみたいなところです。

夏は暑いし冬は寒い。とは云っても関東の気候は恵まれています。
暑いと云っても夜は涼風が吹き、東京の暑さに比べれば極楽、ほとんどエアコンは使いません。
寒い冬、有名な関東の空っ風も利根川を渡れば気になるほどではなく、それ以上に陽だまりの暖かさがたっぷり。
想像以上に快適。強いて云えば利根川の扇状地みたいな所、大地震がくれば地盤の液状化は避けられないかもしれない。
毎年のように来る台風も心配です。
おかげさまで近頃は板東太郎(利根川の別名)もおとなしくキャサリン台風(カスリーン台風)を最後に暴れたことはありません。
しかしながら最近の気象状況を考えると油断できないかもしれません。
あまりnewsにはなりませんでしたが数年前利根川の分流である江戸川?が危険水位を超えたことがあります。
『災害は忘れた頃にやってくる』このことばを大切にしましょう。

最初の写真は駅前広場、西口遊歩道を歩いて家まで歩いて6~7分です。
最後の写真は駅のホームから見た東口の様子。
西口に比べ商業施設が多く駅から数百mの距離に国道4号があります。
国道4号と云えば日光街道です。粕壁宿(春日部)の次が杉戸宿そして幸手宿へと続きます。
旧街道には神社仏閣や名所旧跡も多く有りますが、そのほとんどが忘れ去られたように観光案内にも無く保存状態も良いとは云えません。好事家のホームページなどから見つけるのが精一杯です。
この地に足を降ろしたのも何かの縁、暇を見つけて歩いてみたいと思います。



* My Town Sugito・地元杉戸町・2011年3月7日にblog『つぶやきエフさん』UPしたコラムを移転した物です。
移転に際し削除されたコメントはコピーを添付し復元の努力をしました。


3 コメント:


TKT さんのコメント...
杉戸町役場のホームページに掲載されている町の歴史を見てみました。 関東平野の真ん中みたいな場所ですから、古代から人が定住していた地域のようですから、まだまだ眠ったままに残されているものがあるのかも知れない。 日光街道沿いの散策は面白いかも。
TKT さんのコメント...
杉戸町役場のホームページで町の歴史を見ました。旧石器時代からの歴史がある地域ですね。 江戸時代には日光街道沿いに旅籠が多くあったとか、ぜひ彼方此方散歩されてください。
エフ さんのコメント...
こんばんは! お世話になる地元に親しみを持って歩いてみようとおもっています。

2011年9月8日木曜日

ションベン横町でくじらカツを!

ションベン横町はしょんべん横町が正しいのか?
どちらも正しくないと云うのが正しいようだ。
東京では新宿西口 『思い出横町』 というのが正しい。
ションベン横町は大阪、十三(じゅうそう)にも有るし他にもあるかも知れない。
一杯やってオシッコしたくなったら道端で(店にはトイレがない)と云う・オシッコをする横町。いつの間にやらションベン横町と呼ばれたのだろう。


前置きが長くなって恐縮だが、沼袋の御仁が狼煙に気がついたらしい。
早速久しぶりのションベン横町へ。久しぶりに行くから『思い出横町』か。
数年前に来た店は・・・しかし人が変わったのか?残念ながらくじらカツは昔の味ではなかった。
店を間違えたか! 新宿は鬼門だ。
でもそんなことはあまり気にならない。
何と無く自分になじんでいる。
汚らしくて怪しい雰囲気は変わらない、と書きたいところだが随分綺麗になって明るい雰囲気になっている。
もうションベン横町ではない。チャントお店にもトイレがあるし公衆トイレもある。
新宿西口から最近出来たユニクロ(UNIQLO)の角を曲がると『思い出横町』である。
いつ出来たのか始めて気がついたのが『旧青梅街道』の道標。
青梅街道は内藤新宿(新宿御苑の近く)で甲州街道から分かれ(追分)新宿駅にぶつかる。
小さなガードをくぐり西口へ。もちろん江戸時代にはガードはなかった。
納得!!
昔はこの小さなガードの脇(東口側)に都電【14】荻窪行きの駅があった。都電はここが終点ではなく追分(新宿3丁目伊勢丹付近)まで行ってたような気がする。
戦後まもなく。
追分までの都電が無くなり線路跡は花壇になっていた綺麗な新宿通りだった。
紀伊国屋の入り口には鉄道模型店があり足繁く通っていた。

紀伊国屋はもう少し駅に近かったと思う。

都電【14】荻窪行きはいつの間にか東口の小ガード脇が終点になり、やがて西口の大ガードの手前(西側)で終点になり、地下鉄丸ノ内線が開通し都電廃線の第1号になってしまった。

追分には有名な甘味処『追分だんご』があった。店は今でもある。
ある日、店を間違え『追分だんご』もどきをつまんでしまった。一緒に行ったあの人はそんなこと覚えていないだろう。

やはり新宿は思い出の町だ。

2011年9月5日月曜日

『10分1000円』の床屋

『10分1000円』の床屋へ行ってきました。
実はエヌ氏のマネをした訳ではなく家の近くに出来てからずっと利用しています。
それまではフルサービスの別の店に行っていました。
土地柄か最初は4500円?程であったと思います。 ?マークははっきり覚えていない証拠です。
もっと安い店はないのか! ヨソ者の私は一番高い店に飛び込んだようです。
慣れない町を探したら3500円? 暫くこの店の厄介になっていました。
新興住宅地は怖いです。駅の反対側に新しい床屋が出来ました。
『10分1000円』の看板を上げた店の登場です。
『3500円?』の店は急に閑古鳥が鳴き始め『2800円』に値下げ。
そして今は、人が代わり『2500円』、『シルバー2100円』。もちろんフルサービスです。
閑古鳥は住み着いています、と云うより乗っ取られそうです。
当然私も『10分1000円』の店に行くようになっています。


『10分1000円』の店はいくつかのチエーン組織のグループがあるようです。
秋葉原の駅ナカにもあります。いつも長い待ち時間が我慢ならず横目に見るだけです。
息子の家の近くにはスーパに併設された『10分1000円』が有ります。
子供が多く一回試しただけです。
やることはどこも殆ど違いはありません。
電気カミソリ?電気バリカン?のような物でさっと刈り上げ掃除機で毛屑を吸い取ってお終い。
どこの店も腕の立つ職人がいる訳ではないのです。
10分でやるのですから想像は付くでしょう。
私が好きな理由は待ち時間が短いことです。2~3人先客がいてもすぐに自分の番になります。
コレは快適です。
フルサービスの店は50分くらいの時間が掛かります。
『シルバー2100円』コースは粗雑です。
ヒゲもアタって洗髪して一通りやるのですが『良い仕事』してないんです。
お客はシルバーばかり・・・
怖いですね‥時間の問題でしょう。





2011年9月3日土曜日

酔芙蓉

 3本の木は芙蓉です。
左がピンク、真ん中もピンク、右は白です。昨日夕方4時頃の撮影です。
そして今日、朝6時。
真ん中は白くなっています。
この花も夕方(午後)にはピンクに染まります。
一杯飲んで酔っぱらったので酔芙蓉と云います。
両端はピンクと白、こちらの色は変わりません。

昨日咲いたのは一日でピンクになりしおれています。
そして今朝咲いた真っ白な花。
コレも午後にはピンクに染まりそして酔いつぶれてしまいます。