2012年5月31日木曜日

なたまめ 2

4月13日に蒔いたなたまめがやっと発芽しました。
確か8個位蒔いたはず。
約ひと月半・さていくつ目が出るか?
天まで昇れる位大きくなると良いのですが!

東京タワー

画像をクリックすると大きくなります。
久々に東京タワーに行きました。
東京タワーは私にとって憧れのタワーです。
アマチュア無線に興味を持ちその試験を受けるべく準備をしていたチョウドその頃出来た電波塔でした。(1958年12月完成)
工期は1年半というコトで、こんな大きなモノが1年半で作れる日本になったのです。
タワーの姿は芝・増上寺の境内から見るのが美しい。

もちろん上まで登りました。
実は上の特別展望台に登るのは初めてなんです。
特別展望台は本来観光用に作られたモノではなく作業用の為、以外に小さいです。

 しかしよく見るとテッペンに近いところに工事用の足場が組み立てられています。そして上の方は心なしか曲がって見えます。
これは2011年3.11の震災で実際に曲がってしまったのです。もう治したという話も聞きましたが現在工事中です。
半世紀にわたり関東一円にTVの放送電波などを送信していたのですが、デジタル移行後はタワーもお払い箱になってしまうのではないかと心配しました。
TV電波はスカイツリーに譲りましたがまだまだ電波塔としてお役があるようで曲がった部分を新調することになったようです。
足場から出ているワイヤは工事資材の搬送用・深夜に工事をしているようです。
東京タワーはL型鋼と平型鋼をリベット打したトラス構造です。
写真をよく見ると無数のイボイボが見えます。
昔はこのリベットを火床で真っ赤に焼いて火箸で掴んで上の方に居る職人に放り投げたのです。
上の方ではメガホンを逆さにしたような受け具で取り穴にはめ込んでダダダッとカシメたのです。


まるで火の玉のキャッチボールです。高い鉄骨の上、正確にボールが来ないと走って追いかける訳にも行かずエラーしたらどうなるのでしょう。
私は工事現場でこの作業を何回となく見たことがありますけれどエラーしたのは見たことがありません。
実際には暴投→エラーもあったようです。 

タワー本体の工事は全てリベット打ですが後から付けたと思われるモノはネジ止めもあります。

リベットは何本使ったのでしょう。気が遠くなります。

何年かごとにペンキも塗らなければなりません。
でも高いところどうやって塗るのでしょう。
高いところで吹き付け工事は出来ないようです。
昔ながらの工法。職人さんが手作業で塗ったようです。
チョットおまけに頼まれてないところも塗ってしまったサービスの良い職人さんも居たようです。
これは後輩のスカイツリーの鉄骨です。円形のパイプを全て溶接して組み立てています。
溶接の時のサポ-ト金具の名残が模様のように見えます。
時代は変わっても高いところで上手にやるモノですね。


こちらのサイトは偶然見つけた東京タワーの工事の様子や図面があります。参考の為アドレスを載せました。
http://www.albatro.jp/birdyard/architecture/tokyo-tower-history/index.htm
http://kiti.main.jp/Tower/tower3.htm

2012年5月26日土曜日

今ハッキリ 『脱原発を』

先日、チョット出掛けたついでに通りすがりの 『農産物直売所』 に寄ってみました。
行った時間が遅く(午後)めぼしいモノはありませんでした。
この手の売店は、午前中・それもなるべく開店間際がねらい目。
農家の方は朝が早いのですね。
開店間際は野菜の色も違うのでしょう。それを見るカミさんの目の色も変わってくるように思えます。

気がつけば出入り口のそばにこんな張り紙が。
私の住む町もここに書かれた該当地域に入ります。
あまり関心がない人も居ますけど1/3の都道府県が含まれ人口の半分がこの地域に含まれています。
痛くもかゆくもない、何も感じない、放射性物質がばらまかれ農産物に影響を与えているのです。

政府は痛くもかゆくもないことを良いことに終息宣言をしていますがとんでも無いことです。
10年後20年後の放射線障害者の人数を確認しましょう。
キット驚くべきことに気がつくでしょう。

この張り紙が必要無くなるには何年かかるでしょうか?
日本人の性格を考えると必要性はあってもいつの間にか忘れて無くなったことすら気がつかないかも知れません。私自身もその傾向があるので困ってしまいます。

最近再稼働問題を飛び越えて原子炉の今後について検討され始めました。
本来はこちらが先のはずです。
この議論もコストのことが主流で放射線の安全性に関する議論が無視され掛かっています。
『使いながらスローダウン(廃炉)させる』 のが良さそうに見えますがとんでも無いことです。
原子炉の廃炉には使った以上の長い年月と費用が掛かるのです。
使い続けるのがコスト的には一番安いのです。(これに賛成してる訳ではありません)
廃炉にして敷地を元に戻すことは事実上不可能です。
廃炉にする原子炉は、ほぼ永久に放射性廃棄物の管理をしなければならないのです。その理由は放射性物質の無毒化が出来ないからです。世界中探してもその技術はありません。
結局、隔離して地下に埋めておく位のことしか考えつかないのです。
日本では六ヶ所村に原子炉燃料の処理施設があります。しかし技術的問題が発生し計画通りの処理が出来ません。現在は何も出来ずに保管している状態です。
*これらのことはあまり公開されないので私の推測によるものがあります。間違っているかも知れません。
廃炉になるとさらに大量の放射性廃棄物が出ます。これらはどうするのでしょう。
地震で発生した汚染度の低い瓦礫ですら受け入れ拒否する状態ですから放射性廃棄物は行き場がありません。
廃炉となる原子炉が壊れないように管理しながらそこに置いておくしかないのです。
福島の4号炉・使用済み燃料が建屋の中に置いてあったのを思い出してください。行き場がなかったのです。そして地震で目覚めて現在危険な状態です。
このような状態が日本中の原子炉で始まろうと、否始まっているのです。この状態では電気を作れませんから管理の為の費用で大赤字になります。
使いながら廃炉に、というのはマヤカシです。いつかは廃炉になるのは構造物の宿命です。その時同じコトが起きるので早く廃炉にした方が良いのです。

さて、件のチラシですが、万一またほかで同様なことが起きたら日本の殆どに地域にこのチラシが貼られます。その時のことを想像してください。
日本の農産物は消滅します。生活の場も失われます。
今、どう考えても、大きな犠牲を払っても脱原発にシフトしなければならないのです。このチャンスを逃し、使いながら・・・なんて云ったら将来日本は否世界が滅亡するかも知れません。

原子力発電技術は日本の資産だという人も居ます。間違い有りません。しかしその技術を放射性物質(廃棄物)の管理技術に生かすべきでしょう。

2012年5月25日金曜日

カッコウが来ました

けさ、久しぶりにカッコウの声を聞きました。
カッコウの声を聞かなくなって2~3年経つでしょうか。
特別綺麗な鳥ではないですがその声は遠くまで響きます。
私のアンテナのテッペンで鳴いていると気持ちが良いのです。
今年は久しぶりに、ほんの数秒でしたがまた来る時はもっとゆっくり休んでいって欲しい。
ブログの使い方を変えたのでラベルだけでは古い記事が読めなくなっています。
こちらのlinkで繋がります。
http://ja1cvf.blogspot.jp/search/label/%E3%82%AB%E3%83%83%E3%82%B3%E3%82%A6

2012年5月24日木曜日

常総市石下町の豊田城

23日、天気も良くなったので急に思い立って、茨城県フラワーパークへ行ってきました。
フラワーパークは筑波山の東側石岡市にあります。
以前にも行ったことがあるのですがバラが綺麗な公園です。道は忘れてしまいました。
カーナビを付けてから道を憶えられません。
管理事務所の電話番号を入れカーナビ任せで行ってみました。
カーナビは必ずしも最適ルートを指示する訳ではないのですがどうせ急ぐ旅ではありません。
私の家は埼玉県の杉戸町です。
カーナビは、国道4号線に入って随分北の方へ誘導します。
敢えて逆らわずノンビリ走ると、筑波山の北を周り山の中のすれ違いもままならない道路を走って到着。
遠回りみたいでしたがカーナビは偉いです。ちゃんと案内してくれます。
駐車場は空いています。入場料を払う段になって気がつきました。
ゲート越しに見える園内・やけにサッパリ・バラは殆ど咲いていません。お客さんもまばら、ぐるっと一回りして帰ることにしました。
画像は観覧のしおりを引用・クリックすると大きくなります。
帰り道もカーナビ任せ。チョット設定を変えて別のルートを。
常総市を通るルートです。
何も考えずに右、左、と走って行きます。
ノンビリ走るにはこれも楽しいものです。


気がつくと視界に立派なお城が見えてきました。
こんなお城があったとは知りませんでした。
知らぬは私だけか。
どうせ気ままなドライブ。目的のバラは外れたし、チョット寄り道。




この地にこんな立派な城があったのか?
どうもこれは平成バブル期の遺物。
そのためか 『地域交流センター』 と呼称し
史実に基づく復元ではないようです。
常総市のホームページを参照下さい。

http://www.city.joso.lg.jp/joso/www/00457.html
天守閣の高さは48.5m、展望台は約40m。遙か彼方にスカイツリーも見えます。
お客さんは平日とは云え我々2名、貸し切り状態です。エレベータも有り、展示照明も有るので維持費は大変でしょう。


思い出しました。
この近く野田市には 『千葉県立関宿城博物館』 と云うのがあります。この関宿城も同類か?
関宿城は 『天守閣部分はかつての関宿城を古い記録に基づいて再現した』 とホームページに書かれていました。
お客さんの数は同じようなものです。コンクリートのお城、無駄ですね。
外国のお城は使われた当時の生活が見えるようなものが多いのですが日本のお城何処へ行っても昔のものをタダ並べた展示室。使われた当時の生活が見えません。
つまらないと思うのは私だけでしょうか。



2012年5月22日火曜日

2012 金環日食・・・写真の技

写真の技はそれほど持ち合わせていません。と云うよりにわかカメラマンです。
日食の写真もどう撮るべきか・・・考えているウチにその日がやってきました。
その昔、あこがれの一眼レフを ゲップで買ったことがあります。
月の給料よりカメラの方が高い時代でした。
最近はゲップの言葉も私語のようでもっと格好いい言葉が使われているような気もします。
そんな訳で一眼レフの命である交換レンズなんて買うことが出来ずにカメラは時代遅れとなりいつの間にか好事家の友に『宝物』として差し上げました。


デジカメが流行りだし CAMEDIA C-900 を買いました。確か100万画素という今考えれば幼稚なものでしたが結構遊びました。


一眼レフの願望はずっと続きましたが、重いことが私の気持ちに合わずコンパクトカメラに終始しています。
しかしコンパクトカメラは進化したとは云え、それなりの弱点が有るのは間違い有りません。
何台も買い換え今使っているのは CANON G12 チョット大柄なコンパクトカメラ?


基本的に私はカメラも車も機械も自動化されたものが好きです。
マニアックな操作をどれだけ自動化機能でこなせるか・・・これが私のもの選びに大きく影響します。
G12はとても気に入ってます。
もちろん気に入らない部分も多くあるのです。
これを云うと 『一眼レフを買いなさい』 と云う言葉が返ってきます。
確かに一眼レフの多くはオプションを選ぶことで私の要求を満足させてくれそうです。
しかし、軽くなったとは云え大きなカメラケースに入れて出かけなければならなくなります。
それは私には絶対耐えられません。
そして、コンパクトカメラでありながら一眼レフと同等の能力を求めてしまいます。
無理云うなと叱られそうですが、そういうカメラが出て来ることを期待します。


そんな潜在願望を持って写した写真。
ピントは甘いし、肝心の金冠食では明らかに露光オーバ。
真っ黒な中にあまりにも小さい高輝度部分。オートの機能が付いて行けなかったようです。
そうです。当然のようにオートで撮っています。



2012年5月21日月曜日

2012 金環日食・・・余談

私の家の前の通りは近所の高校の通学路になっています。
毎朝毎晩沢山の高校生が通ります。
愛想良く 『おはよう』 とか 『さようなら』 と声を掛けていく子もいます。

今日、日食の写真を撮っていた時間は通学時間です。
チョウド金環食の時、日食メガネをかざして 『見るかい』 と声を掛けてみました。
いろんな反応がありました。期待したとおりに 『見る』 と云って大騒ぎしてみる子もいるけど全く興味を示さない子も多いのには少々驚きました。

今の高校生には日食なんか珍しいものではないのでしょうか。
我が家にあるアマチュア無線のアンテナについても見て行く子はいるけど質問したり興味を示す子はいない。
私が高校生の頃は学校のそばのアマチュア無線をやってる家に上がり込んで色々聞いたものです。
何となく寂しさを感じるのは私だけなのか。

2012 金環日食

2012年5月21日 金環日食が起きました。
それも、埼玉県の自分の家から見ることが出来るというものです。
問題は天気です。
一週間ほど前から天気予報が気になって仕方がありません。
最近の天気予報は良く当たります。
梅雨前線のハシリのような前線が日本の南岸に有ります。北東気流が入りやすい状況で南寄りは天気が良くなさそう。
実は10km~20km南に行けば金冠の太さが綺麗になるはずです。
しかし神様は悪戯好き。前線が上がってきて 『雨にならないまでも、もしかしたら見えない』 そんな天気になりそうです。
内陸の北の方へ行くべきか?
前橋か足利か宇都宮か、迷いいながらも 『地の利の良い宇都宮へ行こう』 と決め朝は4時半に起床。
空を見渡すと南の方に雲があるのですが東西には雲はありません。
北の方の空は少し怪しい感じ。
北へ向かう気分は萎えて 『これなら自宅で観察しよう』 
6時15分 間もなく食の始まりです。






肝心な時に雲が出てきました。
判断ミスか・・・


雲の動きが変わりました。
このまま行けば問題ない!!
余計な説明は不要でしょう。










およそ4分ほどで金環食は終わりです。
心なしか気温が下がってきたようです。
神様の悪戯もチョットだけ。











神秘の天体ショーも9時過ぎには何事もなかったように輝きを取り戻しました。
手作りのフィルタにコンパクトカメラでの撮影。良しとしましょう。
フィルタやカメラの構成についてこちらを参照下さい。
http://ja1cvf1.blogspot.jp/search/label/Power%20Shot%20G12


次は6月6日 金星の太陽面通過。またまた神頼みが続きます。










2012年5月11日金曜日

北東北の旅・越境して函館へ

残雪の八甲田を越え青森駅へ。
突然バスの前を熊が横断。野生の熊を見たのは始めて。
慌ててシャッタを押したが視界の外へ。流石にバスには向かってこない。
真っ黒で綺麗でした。あの大きな体でも走るのは速い。
山は山菜のシーズン。
ふきのとうの花。こうなっては食べられないか??
二りん草
伸びた茎に二輪の花を付けるので二りん草。
一輪や三輪もあります。
これは漢方薬や食用にもなるようです。






これは二りん草と間違えられる毒性のある『トリカブト』らしい。
春には花が咲かない。

山野草の見分けは難しい、これが 『間違ってない』 とは云えません。


青森駅の跨線橋は昔のままか。
多分昔のまま。けして広いとは云えない、長い通路、連絡船に乗る時はみんな我先に走った。
つられて私も走った。高校生の時始めて北海道へ行った時を思い出しました。

自動改札機の中身。格好いいと思うか無粋と見るか。もちろん格好いい!!

青森からはスーパー白鳥。
連絡船に乗らず青函トンネルを通ればあっという間に北海道。
2015年には新幹線が通るらしい。その時このスーパー白鳥はどうなるのでしょう。
函館と云えば朝市。
3.11震災の後出店数が減ったらしい。津波の被害はここまでも来たのです。
駆け足旅行は、汽車に乗って明日には帰ります。
埼玉の家までは新幹線乗り継ぎで6時間ほど。空港での乗り降りの時間を考えるとゆったりしていて快適。

もちろん函館山の夜景も見ました。

2012年5月10日木曜日

北東北の旅・弘前のさざえ堂

盛岡からバスで弘前へ。
弘前城公園の桜はもう既に新緑豊かな葉桜に変わっていました。
これはある程度想定していましたので弘前城の南西にある長勝寺へ向かいました。
宗教心に疎い私はこのさざえ堂(栄螺堂・六角堂)が長勝寺にあると勘違いし向かったのです。
長勝寺は改修中で聞く人もなくもちろん見当違いのさざえ堂はありません。
この一帯は禅林街と呼ばれる寺町で寺院に興味のある方が大勢訪れる町でした。大変失礼とは思いましたが他のグループのガイドにお尋ねし無事に栄螺堂にたどり着きました。
長勝寺の直ぐ近く、禅林街の黒門の際にひっそりとたたずむ小さなお堂でした。
構造は他のさざえ堂と同じように螺旋構造のお堂です。
残念ながら内部の構造を自分の目で見ることは出来ませんでした。
事前にお願いすれば拝観は可能なようです。
俗称六角堂と云われていますが由緒書きにもあるように八角形です。
私としてはこの俗称の方が気になります。また弘前に来ることが有ればたっぷり時間を取ってこの不思議を解いてみたいと思います。

この弘前のさざえ堂を見て日本に現存する全てを見たことになります。お堂の宗教的目的は皆同じですがなんと云っても2重螺旋構造が面白いと感じます。
単に三層のお堂に上り階段下り階段を別々に付けた構造、天井と床が一体で本当にねじれた構造、など宮大工を悩ませたお堂であることは事実でしょう。

北東北の旅・小岩井の一本桜

ゴールデンウイークも終わり観光地に静けさ画もドットのを見計らって岩手県小岩井牧場の一本桜を見に行ってきました。
実はこの一本桜、もう3年前になるでしょうか一度見に行ったのですがタイミング悪く見ることが出来ませんでした。
それは4月27日まだ堅い蕾の状態、今年は5月7日どうやら間に合いました。

『一本桜なんて何処にでも有る』と軽口を叩いた口の悪い友人がいる。確かにその友人の家の前にも一本桜が有るのです。
意地悪な友人にこの写真を見せよう。
何もない草原に大きな桜が一本。
そうだ、彼の家の広大な畑。そこに桜を植えさせよう。いつかその一本桜を見に行く為に。

これから弘前へ。弘前城公園の桜はもう終わっているらしい。

2012年5月2日水曜日

スカイツリーから移動運用

今日(5月2日)スカイツリー第1展望台から移動運用しました。
あまり混んでいない1200MHZ帯でほんの30分程度でしたが4局と交信しました。
関係者の内覧会でしたが事前にお願いしてOKを貰いました。
もう既に電波塔として運用が始まってるようなのでダメかと思いましたが0.5Wのハンディトランシーバで所沢と59+ほんのひととき楽しめました。

そのために作ったQSLカードです。
この写真は昨年隅田川から撮ったものです。

つい先日 『旅の風景シリーズ 第15集』 切手が発売されました。
おや、同じアングルです。
チョットビックリです。