2012年3月30日金曜日

梅はさい~たか!さく~らはまだかいな!

10日ほど前に梅は満開を迎えました。
それからまた寒い日もあって、今日やっとボケが咲きそしてモクレンが咲きました。
今年は同時の開花です。

でもサクラはまだです。
東京も今一息と云うところでしょうか。
町内のサクラもみごとです。
数百mのサクラのトンネルが間もなく見頃を迎えます。

2012年3月25日日曜日

3.11 地震の後始末

3.11 地震が来てから既に1年を経過しました。
その後どうなったでしょうか。
被災地の概要を知るにはGoogle Earth が便利です。
Google Earth は震災直後の3月12日には被災地付近の画像を撮影しています。その後何回か更新し今年の1~2月頃が最新画像のようです。

これを見ると激しい津波の傷跡とたくましい復興の兆しが見えます。一方で山積みの瓦礫は殆ど減りません。
今度の地震で気がつくことは阪神大震災の後も含めて度重なる耐震化強化の成果が見えてきたのではないだろうか。
地震による直接の被害はかなり抑制されたと思います。震源に近いところでも津波の来なかったところは想像以上に被害の少なかったところもあります。
しかし一方で、残念なことに津波の被害は想像を遙かに超えました。
そして追い打ちを掛けたのが原発事故(人災か?)です。特にこの部分は50年、100年と傷跡を残すでしょう。


危険区域に住宅が出来ることを制限し安全な町作りをしたい。そうは云ってもその方針が決定できず大企業のサラリーマンならともかく、明日の生活を考えなくてはいけない零細企業就業者は時間の経過が手遅れ・再起不能になります。
政府、自治体、云うだけ詐欺のような行動に我慢できず動き出した人々。先ほどの
Google Earth の写真には所々改修されたであろう建築物がみえます。
それさえも規制しようとする役人、政治家、の間抜けさ加減には腹が立ちます。
実際に現場を見た訳ではないのですがその様に見えます。
私は、我慢できずに行動に出た人を応援したい。
理想だけを掲げても今日、明日の生活にメドが立たなければ現実を追うのは仕方がない。
行政の遅れは犯罪と云っても良いのではないかと思います。
多額の予算(借金)を取りながら、法的裏付けがないから出来ない。それなら政治判断で超法規的処理をすればと、簡単に云うけれど役人や政治家はやったことに責任を取らず、それでも身を守る為に何もしない。
こんな人間に政治判断は出来ない。否、させられない。後から回ってくる借金のツケが怖いです。


瓦礫の中にもいろいろあるのでしょう。
燃やせるモノ。セメント工場などで使えないのか。
コンクリートクズ。粉砕して沈下した地盤改良に。
金属・鉄屑。製鉄会社で原料にならないのか。
地元に大きな工場があるように思います。
素人考えでは立派な資源になると思うのですが、廃棄物処理法などがしっかり邪魔しているのでしょう。
日本中、彼方此方にタライ回しして処理するのでは運賃も大変。


原発・脱原発の話はいつの間にか消えようとしています。
その後押しをしている東電の値上げ。
原発を稼働しないと、こんなに値上げが必要です』 『値上げする権利があります』
そんなこという前に 『安価で良質な電力を供給する義務』 はどうしたのですか。
この義務があるから独占販売を許したのです。
そうでなければ原発事故の対策費はどうなってるのですか?
どさくさに紛れてとんでも無い無用に長物を買わせられた(あの事態ではそれも仕方がなかったかも知れません)。その代金はどうしますか?
現場がよく頑張ったからあの程度で済んだのでしょう。
でもあの不手際の責任は負わねばなりません。
この費用についてじっと我慢している国民に、値上げの話はないでしょう。
立て替えられた(そうではないのか?)事故対応費用を払ってからにして欲しい。
本来ならとっくに潰れている会社。もう少し賢くなったら如何ですか。
そんなことより忘れてならないのが 『脱原発』 
はっきり云って今を逃したら 『脱原発』 は出来ないでしょう。
 『脱原発』  にはべらぼうなお金が掛かるのです。SWオフでおしまいと云う訳にはいかないのです。

何十年、否何百年もの間、静かに眠るようにお守りをしなければなりません。
今。日本中の原発が全部停止しようとしています。止まっているはずなのに莫大な費用が掛かっているのです。止めてもお金が掛かるのが原発なんです。
『再稼働の為に安全対策工事をしている』と云います。
だから、再稼働してしまったら止める気にはならなくなってしまうのです。
勘違いしてはいけません。実は再稼働しなくても必要な対策なのです。
原発が動けば原発地元対策費がジャブジャブ出るのです。もちろん税金から。
この対策費は地元の新エネルギー開発費に回して、あっさり原発をあきらめた方が身の為だと思います。
 『脱原発』  福島だけのことではないのです。
福島のような事故が再びおきれば、日本は再起不能でしょう。
福島の年間放射線量を1mSv以下にするなんて云ってましたが単位を間違ってるような気がします。福島近辺の方は現実を確認される方がよいのではないでしょうか。
前にも書きましたが放射性物質を無毒化する技術は世界中何処にもありません。
除染して洗い流した放射性物質は何処へ持って行きますか。
アメリカやロシアは人里離れた原野?に埋めるようです。
日本ではその場所は何処にあるのでしょう。唯一六ヶ所村にあるようです。
300年も埋めておく予定ですがもう既に余裕はなく(最初から廃炉で出る大量の放射性物質のことは考えていない)4号機のように建屋の中に使用済み燃料を保管してる状態です。
こんな状態で原発を使い続けても安心していられますか。
今、何でもないこと、痛くもかゆくもない放射線の影響、それが解るのは10年、否20年、30年経ってから何かおかしい。その特はもう手遅れです。私も含めて高齢者は我慢できるでしょう。
しかし若人はどうですか。貴方がそこに住んだことが病を作ってしまうのです。
※放射線の影響は解らないことが多く何も影響を受けない人も居ます。放射線を病気の治療に使うこともあります。『毒を持って薬となす』の諺が間違っているとは云えません。

こんな状況で 『安全が確認できたから』 と再開を示唆しています。
政府寄りだった原子力安全委員もさらなる検討が必要と言い出しています。
それに対し政府は 『政治判断でやる』 こんなコトが許されるでしょうか。
安全に対することは、何の責任も取らない政治家にやらせられません。

今回大きな問題になったことが有ります。 『風評被害』 です。

風評被害と云いますが誰が風評を流したのでしょう。
放射線の予測資料は勝手に破棄し、議事録も作らず。
『直ぐに影響が出る訳ではない』(後で影響が出るかも知れない) と開き直って、実測値を殆ど公開せず大丈夫大丈夫と繰り返す。
数値データの意味が良く解らなくても、実測しこの数値なら大丈夫と云えば風評はおさまる。
日本には測定器がほとんど無かった。少なくとも近隣の人には配るべき。
大丈夫と云ったモノの中から危険物か飛び出せば全てダメと思うのは当たり前です。
風評の発信元は正確な情報を隠している政府に他ならない。
何も出来ない、何もしない。やるやる詐欺と云われても仕方がない。
風評になることだけはしないで欲しい。

もっともっと気になることはありますが何も出来ない自分でもあります。
一年後(来年)はどうなるか、少しでも元気になっていることを期待します。

今回は私の感情むき出しです。間違った認識が有ることは充分考えられます。
それでも 今しかできない 『脱原発』 を後退させれば後世に禍根を残すと思います。
政府には間違った判断をして貰いたくない。

2012年3月20日火曜日

3.11 津波 地盤の液状化

地震の後、津波が来ました。
実は私、津波というモノを理解していませんでした。
海水浴に行った時、時々やってくる大波の特大判かと思っていたのです。
ドボンと来てもす~っと引いていくモノと思っていました。
TVでその様を見た時、船やバスが押し流されていく、そんなことが実際にあるんだと云うこと。
始めて気がついたのです。


『 津波 → 逃げろ 』 忘れてはならない一言です。


早く逃げた人は殆ど助かっています。 他人を助ける為に自分を犠牲にした方が大勢いらっしゃいます。この方たちの心を忘れないようにしなければなりません。
津波が去った後、海岸は瓦礫の山でした。何もかも押し流し、あのゴチャゴチャの様は表現のしようがありません。
一方、海は何事もなかったように穏やかでした。神様の悪戯でしょうか、いやいや、神様の戒めでしょう。


地盤の液状化。 地面が左右に揺れ急に水が噴き出します
地震を体感する起震車というのがあります。地震を体感する為の車です。
機械仕掛けでユサユサ揺れます。左右に10~20センチくらい揺れるのですが先日の地震はそれ以上でした。
歩道の平板が一枚分(約30cm)ほど左右に動いています。
その隙間から急に水が噴き出します。
水が出た地盤は沈下し始め、基礎のしっかりした建物や道路下の埋設物は逆に浮き上がってきます。
TVの写真では1m以上も浮き上がっているモノがありました。


今回の 3.11 地震 『東日本大震災』 揺れは日本中、小笠原まで揺れて日本中を震撼させたのですが細かいことは忘れてしまいそうです。
http://tenki.jp/earthquake/detail-3611.html 

参考サイトをlinkしておきます。地震の大きさが実感できるでしょう。

3.11 脱原発・脱原発を忘れたのか? 廃炉は大変だ。

3.11の後、脱原発に向かうと云っていました。
最近気になります。もう忘れてしまい再稼働を模索しています。再稼働の為の準備が見えます。
私の知人・コンサル会社の偉い人も 『経済的に立ち行かない、原発再開を急がねば』 と云ってます。これを許してはなりません。
あのとき原発の炉心が爆発していたらどうなっていたでしょう。
東京を含む民族大移動が始まっていることでしょう。1500万人以上の人が右往左往して、もちろん私もその中にいたと思います。知り合いも関東圏にしか居らず、その知人も彷徨ってる中・・・
どんなことになってるか想像も出来ません。


福島の原発は良くあそこで止まった。ホントにラッキーと云わずにいられません。
奇跡に近いのです。現場作業者のお陰です。

あまり詳しく報道されてませんが作業員の将来は大丈夫なんでしょうか。気になります。
そして、原発は完全に止まっている訳では無いのです。何十年、あるいは何百年、管理し続ける必要があります。


福島の友人から一時期であったが親戚を頼って福井まで家族みんなが避難したと聞きました。
最近やっと自宅に帰ったのですが、さらに原発の近くにお住まいの息子さん家族はどうされたか、とても気になります。
いまだに自宅に帰れない人が沢山いることを忘れてはなりません。
永久に帰れない人も居ると思われます。


もし、また地震が起きたらどうしましょう。
崩れかかった原発は最悪の状態を迎え、日本は本当に立ち行かなくなります。
そんなモシだの、タラだの云う話はするなと云うかも知れません。しかし絶対に地震は来ないとは云えないのです。
噂で終われば良いのですが海洋生物の異常行動なんて云うのも報告が多いように思います。


廃炉を前提に脱原発を進めなければなりません。


もしここで 『今あるのは使いながら』 なんて云ったら廃炉は出来ません。
原発は停止することも難しいのです。
SWポンで止まるモノではありません。
地震の時既に止まっていた4号炉を思い出してください。地震で破壊された為危険な状態が続いています。
止まっていた原子炉はこの様に目覚めてしまうのです。
4号炉は今年中に使用済み燃料の撤去を始める。
破損状態によっては取り出しだけでも数年かかるかも知れません。
建屋に残った炉心はどうしますか?考えて下さい。

他の原子炉はかろうじて止まっています。しかし放射性物質の処理が出来ず炉心の状態は推定してるだけです。近寄ることも出来ず、本当のことは解っていません。
当初、この原子炉も廃炉にしないで再稼働できないか検討したようですが流石にこれは廃炉に決めたようです。
廃炉と云っても普通の建物と違い直ぐに壊して更地にすることは出来ません。
放射性廃棄物を取り出し・どうやって取り出すかその方法を考えろコトから始めなければなりません。
放射性物質が無くなったら除染し人間が自由に立ち入れる状態になれば解体が出来ます。
今の福島県の町での 除染 を考え発電所の 除染 を考えてみてください。気が遠くなるような作業でしょう。
取り出した放射性廃棄物はどうやって無毒化するのでしょう。
現在の技術では世界中探しても放射性廃棄物を無毒化できる技術はありません。
『六ヶ所村に処理場があるのでは』 ?
あそこは、取り敢ず300年間しまっておく場所です。 
『その頃には処理技術が開発されるだろう』 
と云う一時しのぎの場所です。
運転中の廃棄物を処理して保管するだけで廃炉により大量に発生する廃棄物を保管する能力はありません。
廃炉にするにしてもそのゴミのやり場がないのです。
『・・・それなら使えるだけ使えば』
一瞬!良さそうな考え。 誤魔化されてはいけません。 実際に、既に老朽化が進み耐用年数が切れたモノをチョット修理してさらに使おうと云う計画があります。
資源の再利用ではなく廃棄物処理が出来ないための延命策で危険きわまりない愚作です。
今ある福島以外の原発は停止し保安対策の為にしっかり管理します。莫大なお金が掛かりますが、壊れてなければ管理できます。その期間は私が知るよしもありません。数百年、もしかしたら数十年で済むかも知れません。私はそれより、お先に失礼します。


以前、私が学生時代。都内の大学構内に実験炉を作る話がありました。
たしか、5Wか10Wの極小炉ですが近隣の反対で中止しました。
*一般的な原発は一基100万kWが標準です。

当時私もこんな小さなモノ心配ないと思っていましたが後始末のことまで考えていなかったのです。
中止は大正解。
首都圏にはいくつかの大学所有の実験炉があり、使用済みとなってもその管理に頭を痛めてるという話も聞いています。


今節電により何とか電力不足を乗り越えられる兆しが見えています。
このチャンスを逃したら本当に死のスパイラルに落ち込み人類破滅の道を進むことになります。
日本がやめても他の国が事故を起こすことは当然のことですが起こり得ます。
人間のやること失敗や事故は必ず起こります。
その国の対策が悪ければ被害は降りかかります。月や金星、火星、に移住しなければならないかも知れません。
放射能汚染の経験豊富?な日本はこれ以上汚染されないように脱原発を推進しなければならないと思います。


*3.11 の大地震を書き留めておこうと始めたのですが 『書き留める』 だけでなくどうしても私見が入ってしまいます。そのため感情的な部分もあります。ご容赦下さい。

2012年3月17日土曜日

3.11 地震 節電・ポイントは家庭の節電

前回、 『東電の節電情報のグラフ』 は消えてしまったと書きましたが新しいスタイルの 『でんき予報』 に変わっていました。
http://www.tepco.co.jp/index-j.html
http://www.tepco.co.jp/forecast/index-j.html 
この情報は 『ロンちゃんパパ』 さんから頂きました。いつもお世話になっています。
この 『でんき予報』 はすばらしいです。データは5分ごとに更新されほぼリアルタイムの電力使用状況が示されています。 
その他送配電に対する解説もあります。ご一読されると電気の疑問を解く鍵になるでしょう。
電気は使用量と発電量がバランスしています。
使用量が増えると発電量を増やさなければなりません。実際には使用量が増えると発電機の回転数が下がり始めるので発電機に水を沢山流して(水力発電の場合)回転数が下がらないようにします。
しかしこれには限界があって供給能力以上にはあがりません。
それでも使用量がさらに増えれば回転数を維持できなくなり最悪の場合停電になります。
使用量が減れば発電量は自動的に減り発電量と使用量はバランスします。
回転数が上がりすぎる時は水を減らして回転数を下げます。

使用量が供給能力を超えないように節電を求められています。
大きな工場や商業施設など大口需要家は計画的に作業時間をずらしたり照明を暗くしたりして節電協力をしています。
一般家庭もそれなりに協力しているのですがその効果が掴みにくいのです。 『一個くらい電灯を付けても大したことではない』 と甘えの気持ちから時間通りの節電が難しいのです。
夜中の供給能力に余裕がある時節電してもあまり意味がないのです。
(もちろん水や燃料の節約にはなります)
使用量が増えて供給能力を超えそうな時、工場の機械を急に止めることは出来ません。
その様な時、出番は一般家庭です。
もしテレビで電力使用状況のグラフを見せ 『緊急節電お願いします』 と放送すれば多くの家庭が協力するでしょう。
そしてあのグラフのメモリが下がっていくとしたら・・・
節電効果を実感し確実に節電協力がえられる、さらに節電協力をしたくなるでしょう。
貴方も協力できると思いますが如何でしょう。
今年の夏電力危機を乗り越えるのは、TV放送の 『緊急節電お願いします』 がカギになると私は期待してます。

2012年3月14日水曜日

3.11 地震の後・原発建屋爆発、計画停電

3.11地震は単なる大地震でないことが解るまでそれほどの時間は必要ありませんでした。

福島の原発が停止できない。
どういうコトになるのだろう?
皆目見当が付きません。
それでも翌日には電車は動き少なくとも私の周りの生活は平常に動き出しました。
日曜日には秋葉原へ行きいつも立ち寄る桜屋電機で 『キノコ雲が上がって原発が爆発した』 と聞き原発に危機感を感じたのです。
実はそれまでそんなに酷いことになってるとは思っていなかったのです。
原発の建屋は飛行機が落ちても壊れないはず。それが一回の爆発でモノのみごとに吹き飛んだことが信じられませんでした。
家に帰ってTVを見て炎のない爆発にただ驚くばかり。
当然のことながら放射線レベルは高くなっているらしい。

14日、月曜日になると政府がいろんなことを言い出しきつい電力規制や交通規制を始めた為に身動きが出来なくなってきました。
破損箇所があったとは云え通行可能であった東北自動車道の一般車両通行も遮断した。
土日であったとはいえ昨日までの平穏はなくなり東京は大混雑が始まったのです。
物流が遮断されガソリンその他生活用品が不足し始めました。
これはどう考えても過剰で急激な規制による副作用が起きてしまったのです。

原発の状況は悪くなり 『放射線レベルは人体にすぐ影響を与えるモノではない』 と云う気休め的発表のみ。
netで調べてみると外国の機関・今となってはどこだか解りませんが、一週間ほどで地球全体に汚染物質が広がると、その予想地図まで出ている。
日本政府は相変わらず 『放射線レベルは人体にすぐ影響を与えるモノではない』 を繰り返している。さらに外国からの援助を断っているようにも見える。
1年後の今、これが本当のことだったと・・・ただ呆れる。

地震のあと、計画停電なるモノが実施されました。
地域を区切って輪番制に停電です。
夜間の停電が我が家にもありました。
予定の時間までやるべき事を済ませ、早寝に決めました。
町中真っ暗で・ホントに暗いのです。普段の夜は明るいことを改めて感じたのです。
そしてもっと驚いたのはシ~ンと静まりかえって音もしないのです。テレビやラジオの音がしないのは解っていましたがその他にも何とも云えない訳のわからない音が消えたのです。
たまに、遙か遠くの音が響き渡ります。
この静かさは不思議でした。

数時間後には今までの喧噪が戻ってきました。早寝をしたので今度は目が覚めて寝られません。
こんなコトも慣れてしまえば何とかなります。
評判が悪かったのは計画停電の時間がずれること。
時間になっても停電にならなかったり、早めに終了したり・・・
実停電時間を少なくする気遣いなんでしょうか。
ホントは助かるはずですが準備して待ってるのに停電にならないとそれに腹が立つのです。
そして不公平な停電免除地域。
人間は厄介なモノです。

評判の悪い計画停電はだんだん時間が短縮され消滅したように思います。どれだけ役に立ったのでしょうか。
いずれにしても多くの工場やお店、個人の節電で停電事故が発生することなく終息したと記憶しています。
冬の需要期も何となくクリアしたようです。
東電の節電状況のグラフは少し的外れのように感じました。
今日(2012年3月13日)それを見ようとしたらそのサイトはありませんでした。
電力の送配電にはリアルタイムの情報が不可欠で東電はそのデータを常に確認しているはずなのに数時間遅れの的外れな発表が常でした。
緊急時の節電はリアルタイムでなければ間に合わないはずです。
しかし 『緊急時』 と云う様子が見えないのです。
この発表を見る度に 『何か手を加えられているのではないか』 と疑念がわくのです。
無駄な計画停電をやらせたのではないか??

製造業の節電はかなり計画通りに出来るようです。その他の企業も同様でしょう。もちろん休日をシフトしたり大変な騒ぎでした。そのしわ寄せは零細な企業に回ってきます。零細企業は休日もなくなってしまいます。
一番難しいのが個人と個人に対面する現場(店舗など)です。
それでも店舗や事務所などかなり頑張ったように思います。私の感覚ではもっと照明を落としても良い。しかし夜間の街灯は普段より明るくする必要も感じました。
残った個人の節電ですがかなりの人がLED電灯に交換したと聞いてます。
私は・・・私はまだ使える電球を捨てるのはもったいないので点灯数を減らしただけそのため節電に協力したと云うほどにはなりません。
友人の中には10%以上の節電(電気料金換算)達成をしたと云う人も何人か居ます。
私のような消灯方式より省電力機器に交換した人の節電量は大きいようです。

昨年の節電は大きな効果があったようにも思います。
でも何かおかしい。

30%以上を原発に頼っている。動いてる原発もあるので30%も節電してる訳ではない。
電気代がどうこう言うけど今何とか帳尻が合っている。
4月には全ての原発が止まります。
最需要期ではないので何とかなるのか?
今年は計画停電の話は聞かない。
聞こえるのは 『電気代値上げ』 の話であります。
原発か止まってるのでコストが上がってる・・・
電力需給の問題ではなく、東電のモウケの問題か。

原発爆発後、脱原発を云っていたはずがいつの間にか原発再開の話が出る。
本気で 『原発再開』 を考えているのだ。
後始末も出来ないうちにとんでも無いこと。
まだ原発の恐ろしさが解らないのか。

2012年3月11日日曜日

3月11日(金)

コレは去年のコトです。だから金曜日なんです。
朝からTVはこの地震の話でいっぱいです。
友人の ロンちゃんパパ さんもその時を思い出して記録しています。
彼は几帳面なのでPCなどに残してあったモノを整理して書いているのでしょう。
http://jr1tkt.blogspot.com/2012/03/blog-post_11.html
何気なく読んでいたのですが、読んでいるウチにこれはヤハリ記録しておかなければいけない重大事件なんだと改めて感じてきました。

2011年3月11日2時46分・これが正しいのか記憶というモノはいい加減です。違っているかも知れません。
実は私、地震の2日前(9日)のお昼頃、この時間もアテになりません。今なら調べられるかと思いますが敢えて記憶のままに。
杉戸高野台の駅にいました。
電車を待っていたのです。
体感的には、少ししか揺れを感じてなかったのですが線路脇の電線が激しくゆれてます。しかし全く揺れてない電線もあり不思議だなあと感じていました。
南北に張られた電算だけが激しく揺れていたのです。
あとで気がついたのですがかなり大きな地震で、その後3.11地震の前震と云われています。
今では大きな地震には前震があり、余震も1年くらいは続くコトを実感しています。
最近は震度3くらいの地震は珍しくなく慣れが入ってしまい困ったことと思います。

3.11地震の時私は家にいました。家内も1階の同じ部屋にいたと思います。
私の家、1階は和室とリビング、アトリエと称する工作室が一体になっているのです。
TVを見ていたと思います。
でも緊急地震速報なんかを聞いた記憶はありません。
この地震を境にしょっちゅう聴くようになりました。
大きな揺れに、『普段とは違う』 と感じ身構えました。
激しい揺れでしたがゆっくりユサユサ揺れてる感じでした。アトリエの台車に乗った移動棚が激しくゆれて棚の上のモノが落ちそうでとっさに押さえました。
かなり長い時間でした。
揺れは次第に激しくなり 『普段の地震とは違う』 と認識しました。
棚は東西を長手に置いてあり南北に激しくゆれました。
*方位角は正確ではなく10時4時方向を長手にと云うのが正確かも知れません。
棚の上の荷物はかなりズレましたが押さえていた為落下を免れホッとしていました。
余震の危険を感じすぐ後ろの棚に縛り固定しました。後ろの棚は壁面に固定されてい。ます
何事もなかったと、落ち着きを取り戻して家の中を点検しました。
雨水貯水タンクが激しくゆれ水位センサが補水ポンプが断続的に起動していましたが特に問題有りません。
TVセットはTV台に固定してあったので殆ど揺れません。小さなビス一本の力です。
玄関に置いてあった金魚水槽の水があふれ玄関が水浸しです。
これの置き方、長手方向はアトリエの棚と同じです。
溢れた水を拭き取り水の補給はしません。最近以前の水位に戻しました。
90°向きが違う食器戸棚は無事でした。食器戸棚は扉が開かない工夫がしてあります。
http://park15.wakwak.com/~ja1cvf/diy/syokki-taisin/syokki-taisin.html
これは2004年の11月に作りました。
これのお陰で中の揺れも小さかったのかおそるおそる開けてみましたが崩れ落ちてくることもなく無事でした。
その他のモノ入れは・・・多分その頃大きな地震・新潟中越?があり戸棚の荷物が飛び出さないように、観音開きの戸棚には引手に太い輪ゴムを嵌めていました。
これも簡単?いい加減?と云われながら高価抜群です。

2階は寝室と殆ど使ってない部屋です。
寝室も輪ゴムのお陰で全く問題なし。
寝室には木造家屋であること、火災避難のことも考えてスニーカと輪にしたロープを置いてあります。
ロープを輪にしてあるのは縛らないでも柱などに掛ければぶら下がれることを考えた結果です。
2階のベランダからの脱出はふとんなどを放りだしその上に飛び降りても大ケガはしないでしょう。
小細工より早めの脱出の方がよいと思います。
思い立った時やって置いた対策が無駄ではなく簡単な対策が意外に有効でした。
今回一番危険を感じた台車に乗った移動棚は簡単なフックで後ろの棚に固定できるようにしました。


別室の飾り棚とその上にあった人形のガラスケースが落下しカーペットにはガラスに破片が刺さり非常に危険な状態でした。
この棚の向きも長手が東西でした。
今回の地震で揺れの方向により危険度が大きく違うことを知りました。
たびたび掃除をしても小さなガラス破片がキラリと光り今でも不安がよぎります。


ガラスが割れると避難が出来ない状態になることもわかりスニーカの有効性とさらに何か良い方法はないかと考えています。
知人宅・昨年暮れ(2010年)、もう一昨年になりますがガラスケースの付いた額縁、高級そうな絵画が納められています。その吊り元が気になっていて吊り直しを頼まれました。プラスターボードの壁で誰が見ても不安でした。壁心の通ったところからワイヤ式の吊り金具で吊り直したのは地震の半月ほど前。
間に合って良かったです。

緊急地震速報 揺れが納ってもいつまでも放送しているのは意味がない。激しい揺れの時は間に合わない。効果は疑問。

緊急節電情報 これから電力が心配。家庭の節電には緊急節電情報をTVで放送するのが効果的と思います。その時併せて電力受給率のグラフを表示する。家庭の節電で受給率改善が見えれば協力する家庭は増えるでしょう。 『電灯一個くらい消しても関係ない』 と思っている家庭が多いと思います。

いろいろ当時を思い出し、忘れないように心に刻み、さらなる耐震対策を考えて少しでも自己防衛を進めようと思います。
でも一番大事なのは気がついた時すぐに出来る簡単な方法で、すぐに対策をすること。
『あとでがっちり』 は役に立ちません。