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2011年12月3日土曜日

したたかなドジョウ

ドジョウというのは辛抱強いというのかしたたかなのか。

このドジョウ、水草の上で一休みしている。

こちらはタニシが嫌がるのにその上で一休み。
タニシに乗って移動しています。

自分より強そうな大きな金魚が来ると、身を翻し最後は砂の下に潜ってしまう。
餌を入れると真っ先に飛び出してくる。

どこかの国の首相は都合が悪いと隠れ都合がよい時だけしゃしゃりでる。それで『ドジョウ内閣』と云うのか。
なっとく!!

2011年11月24日木曜日

タコもビックリ・タコ足配線

こう云うのは何というか?
タコ足配線とはチョット違うかも知れません。
違う気がします。
タコが怒るかも知れません。
よくもまあ絡まったモノですね。

ウチのカミさんは『最近の電気屋さんは下手だ』といいます。
でも下手じゃあこの配線できませんねえ。
いくら観てもどの線とどの線がどこへ行くのやら。
ここまで来ると芸術です。

ショートしないで使える! 
そうです、日本の絶縁材料はすばらしいのです。

2011年11月21日月曜日

文化財のなかの保育園 足利市 『小俣幼児生活団』

写真をクリックすると大きくなります

足利市にある保育園、特徴有る名前の『小俣幼児生活団』を訪ねました。
この保育園は足利市の西方、小俣町にあります。
文化財の登録を受けた大川家の中に、この保育園が有ります。

訪問したのは11月20日(日曜日)、園児が集う土曜日に訪問予定でしたが最悪の天気で足場が悪いからと一日ずらしてしまいました。
そのためにゆっくり観ることは出来たのですが子供たちの声が聞こえなかったのが残念です。





母屋その他多くの建物収蔵品が文化財として登録されています。
その中で子供たちが自由奔放に走り回っている姿はどんなモノでしょうか。

子供たちが文化財の中で窮屈な生活をしていないことはすぐに解りました。
木立の中に新築された園舎も見えます。
広大な敷地に点在する園舎。
太陽熱による床暖房も設置されています。
子供たちが快適に過ごせる工夫が随所に観られるすてきな園舎です。
もちろん古いモノを大切にする心を養うためか昔の建物も使われています。

重厚な母屋の入り口。
建物の修復中。
使える部材は出来る限り使用し昔の姿を保全する工夫がなされています。
昔の姿を守るために外した瓦は丁寧に保管。
最近見かけるモノとは形が違います。これも再利用するとのことでした。

修復の終わった音楽室?さりげなく置かれたピアノや譜面台は重厚な作りの昔のモノ。


天井の照明は時代を感じる模様が。
鋳金による作品かエンボス模様が美しいです。ガラスのシェードにも模様が刻まれています。
新築なった園舎への渡り廊下。
普通の家の雰囲気。
家庭生活の延長という考えも大切にしているようです。
保育園の裏山はまるでアスレティック公園のよう。
倒木の木登り、滑り台、落ち葉の斜面を段ボールに乗って転がり落ちることも出来ます。
裏山一体が園庭になっており、この山で拾ったと思われるドングリやトチの実などが部屋に飾ってありました。
小さな子供も泥にまみれて虫や落ち葉と戯れている姿を想像しました。



部屋に戻れば子供心をくすぐるユニークなデザインの鏡も。
室内は畳の部屋、フローリングの部屋など普通の家庭の延長のような作りです。年少児の部屋の床板は柔らかい桐や杉板を使っているのにはビックリしました。
部屋の段差も適度に・転ぶこともあり転んでも怪我をしない注意喚起を養う工夫と聴きました。

その他遊具は先生の手作り品が多数ありその一つがこの車。
この自動車は中古のハンドルを貰ってきて、イスは牛乳パックを使っていました。もちろんシートカバーも手作りです。


たまには大失敗。障子に穴をあける子も。
障子の修理、花模様の当て紙を貼って自分で直します。
悪戯や失敗は日常茶飯事と思いますが、壊したモノは直し、悪さしたモノは反省する気持ちを大切にしているようです。
行き先もなじみ有る、太田行き。
近くを走る電車のティッシュケース。子供には楽しい逸品でしょう。

江戸時代からの歴史有る文化財と現代に生きる子供たちが普通に生活できるすばらしい環境に、今度来る電車に乗ってどんな未来へ行くか楽しみです。

さざえ堂 太田市東今泉、曹源寺

国道122号線から少し入った太田市東今泉、曹源寺のさざえ堂。
訪問したのは11月20日。
1792年の建立といわれ、間口奥行き共に16.3m高さは16.8mです
外観は2層、内部は3層になっています。
回廊はハッキリ2重に分かれています。
ご本尊の魚藍観世音菩薩の脇から右回りに回廊を進んで最上部へ上がり同じ路を通らず戻るようになっています。
回廊の作りは太鼓橋があったり坂道も緩急があり楽しいと云って良いのか構造的には大変面白いです。

この回廊、1層には秩父34観音、2層には板東33観音、3層には西国33観音、計100札所の観音像がまつられており、さざえ堂を一回りすれば百観音霊場札所を巡った功徳が得られると云うことです。
さざえ堂には布袋様もまつられていますが、御砂踏参道というのがあります。
参道の踏石の下に百札所霊場の御砂を敷いてあり御砂参道を踏めば百観音霊場を巡ったのと同じ功徳が得られる書かれています。

2011年11月20日日曜日

文化財探訪

以前から見学したいと思っていた足利市の文化財の中にある保育園・小俣幼児生活団(大川家)の一般公開が有ると電話を貰ったのが18日夜、19日にと思ったのですが最悪の天気予報。
20日の朝行きますと紹介者と打ち合わせ。
すばらしい環境でした。強いて云えば子供が遊んでいる平日に行けば良かった。

ここまで来たら隣町、太田市にある 曹源寺の さざえ堂 を思い出しました。
カーナビで検索そんなに遠くはありません。
カミさんは上州名物 ソースカツ丼を 私はトンカツ定食で腹ごしらえし さざえ堂へ・・・

詳細は後日・・・乞うご期待

2011年11月19日土曜日

さざえ堂 本庄市児玉・百体観音堂

この、百体観音堂はその建築構造からさざえ堂と云われています。
さざえ堂というのは二重螺旋構造のお堂です。
それについてはこちらを参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%84%E8%9E%BA%E5%A0%82
http://www.d1.dion.ne.jp/~s_minaga/sazaedo.htm

宗教的な価値観については無知な私、建物の構造が面白く見に行きました。
途中道案内もなくカーナビ頼りに進むと運動公園のゲートが。
ゲートをくぐりやがて小高い丘の上に駐車場。ここにも何も無し。
ただ道端に新しい観音像が『ここだよ』と呼んでいる気配。
だらだら坂を上り詰めると忽然と現われたこのお堂。
正しく百体観音堂でした。
しかし人けがありません。よく見れば拝観料300円、農村センターの電話番号など記載された紙一枚。

農村センターに電話してしばし、係のおねえさんが山道をエッサエッサと登ってきました。
私たち2名の拝観料600円を払い開門です。
案内して、説明して、ご苦労様でした。
外観は二層ですが、内部は三層になっており一層回廊には秩父三十四観音札所の本尊が、二層には板東三十三観音、三層には西国三十三観音が安置されています。この回廊を右遶山匝(うにょうさんそう・時計回りに三巡り)して百体の観音様にお参りし別の通路を降ります。
さざえ堂は福島県会津や北関東に多く有るようです。現存数は6~7基と云われそれぞれが特徴有る構造で興味があります。
各地のさざえ堂を探訪したい気持ちが沸き上がっています。
訪問したのは18日です。

2011年11月13日日曜日

CROATIA クロアチアへ行ってきました 3

クロアチアの旅は南部のダブロブニク(dubrovnik)を最後に帰途につきました。
南部の天気は曇りがちで寒くアドリア海の景色は・・・

早朝出発の飛行機は乗り継ぎが多く、ダブロブニク、ザグレブ、フランクフルト経由、それもフランクフルトの乗り継ぎには8時間近くの待ち時間が!
旅行会社の配慮でハイデルベルグまでのおまけツアーをしていただきました。
ハイデルベルグは20年ぶりの訪問です。
寒くて霧にけむる日でしたがその景色は20年前と変わらず、ネッカー川に掛かる石造りの橋は昔を思い出す私たちを迎えてくれました。
有名なワインの大樽も昔のまま。もちろん生ビールとソーセージにポテト、ザワークラウトは忘れずに頂きました。
ドイツは私の好きな国です。

ドイツの草原にはいたるところに季節外れと思える菜の花が盛りを過ぎ収穫を待っています。
フランスとの共同開発の新種でバイオ燃料の研究用と聞きました。
3.11以後ハッキリと脱原発路線を歩み始めている行動の早さに我が日本の動きがますます気になります。
数ヶ月前、カミさんが車の中で、高速道路の法面や休耕田を放置しないで菜の花でも植えればよいのにと云っていたのを思い出しました。
それが、ドイツのバイオ燃料研究を知ってのことか定かではありませんがたまには良いこと云うなあ!!
代替燃料を確保しなければ脱原発は出来ない・・・

CROATIA クロアチアへ行ってきました 2

物価が高いと云われるクロアチアですが、通貨はKuna(Kn)・約15円です。
これはガソリンスタンドの看板です。上からハイオク、レギュラ、軽油、灯油、と訳しても良いでしょう。
う~ん、チョット高いかな?
実は首都ザグレブから南下して景色の良いアドレア海の方へ向かっています。目的はもう一つ・まだ社会主義時代の様子が残り物価が安いと云われる隣国(ソ連時代は一つの国)ボスニアヘルツェゴビナへ。
ボスニアヘルツェゴビナのスーパマーケットは地下にあり一階はカフェでした。その店内。お客はまばら、気になるのはキャッシャーのおねえさん。
番台のような高いイスの上から監視?これじゃぁヒソヒソ話も出来ません。
写真とったら怒られるかと慌ててとったらピンボケ!失礼しました。
暫く前の中国の雰囲気でした。
さて目的のスーパーは。
観光客目当ての商品以外は閑散として地元の人も思いの外少ないようです。
買い物中のお客さんツアー仲間の日本人です。
釣り銭は投げてよこす。もちろん品物も同様。
もうこの国は社会主義ではないはずですが。

ボスニアヘルツェゴビナは2004年頃まで内戦状態で、その影響がまだ残っている状態でした。

この地域はロシアが地中海へ出るための要衝として統治下に置きたかった土地柄。本当の平和が来たのか心配です。(つづく)

2011年11月12日土曜日

冬の準備

チョット留守をしていましたら庭のサルスベリが落葉しました。
夏の終わりから咲き誇っていた芙蓉も葉が落ち始めましたので春に備えて冬支度をしました。

サルスベリは大きくならないように今年芽が出た所まで切り戻して丸坊主になりました。


芙蓉も放っておくと庭中芙蓉になってしまいますので毎年、高さ1mくらいに切り詰めています。この芙蓉太さは20センチになろうとしています。
この頭の辺りから新芽が出て直径2mくらいの球状の花球のようになります。
こんな仕立てをしている家は近所に有りません・・・

今の季節がよいか悪いか解りませんが落葉樹が多いので大変です。放っておくと近所迷惑なので自己流で植木の手入れがつづきます。

CROATIA クロアチアへ行ってきました

クロアチアは最近女性に人気の国です。
ソ連崩壊で離脱独立した国です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%A2%E3%83%81%E3%82%A2
ヨーロッパの勢力争いに常に翻弄されていた国です。
20年前のソ連崩壊で平和な国になるはずでしたがその後も落ち着きを取り戻すまで多くの時間を費やすことになり『最近やっと』という感じです。隣国のボスニアでは未だに不安定な状態が続いています。
町は美しく重厚な石造りの歴史的建築物が建ち並んでいます。
ヨーロッパの歴史の推移を一挙に見られるような気がします。
首都ザグレブ市内には廃止され掛かったトラムも復活し網の目のように走っています。
いつものことですがトラムは観るだけでした。
地理不案内の私にとって切符の買い方や細かい駅名が良く解らずバス同様の難しい乗り物です。
たまに勇気を出して乗り込んでも目的の場所に行くことは出来ず一駅二駅乗って『乗った』と喜ぶのが精一杯です。


平和に見える町ですがよく見るとこんな景色に出会います。
この家の壁には未だ砲弾の痕が見えます。
戦争の傷跡はあちらこちらに残っています。
もっと激しく壊れまま全く手つかずの家も多数有ります。

こういう写真を載せてるサイトは少ないと思いますが観光ではバスも止まることが無く、残念ながらもっと悲惨な写真は撮れませんでした。(つづく)

2011年11月2日水曜日

不死身なモンスター

福島の地でやっつけたと思ったモンスターがうごめきだした。
これが最後のあがきなのか?
それとも生き返る前の微動なのか?
これはもちろん壊れた原発の話です。
原子力事故の場合最悪を想定するのが常識と云われている。
しかしながら未だに表現は軽微な方へ向けている。
これはモンスターが生き返った動きでなければよいのだが。
相変わらず最悪の事態ではないと言い続けている。
どう考えても安全な状態には見えないのだが。

なるようにしかならないと云う人もいるがこれ以上の被害を出さない手だてを考えなければならない。
どれほどの費用が掛かるか解らない収束のための費用。
それの見透しもないままに脱原発の声は下がり始めている。
この調子ではモンスターが生き返るような気がする。
そのときは180キロほど離れたこの地も死の町になるかも知れない。
後始末が出来ない原発はもうやめよう!
あの事故は500年に一度の事故と云い放ったがすぐまた事故が起きそうな気がする。
あの事故の後、細かいトラブルは後を絶たない。酷いのは検査の途中に事故を起こす。
原発関係者はどこかおかしい。そのおかしいことに気がついていない。

2011年10月28日金曜日

もうひとつの日光

説明を追加
日光といえば東照宮と華厳の滝、そしていろは坂。
ほとんどの方が車で行くようです。
今回は電車、それもちょっと違うルートで行ってみました。
関東の方ならご存知と思いますが、国定忠治で有名な赤城山の麓、相老駅から『わたらせ渓谷鉄道(ディーゼルカー)に乗って出発です。
この鉄道は足尾銅山のために出来た鉄道といっても良いでしょう。
終点の間藤からは日足トンネルをくぐるバス路線です。
バスの終点はJR日光駅。
車で行く人が多くなったため、この駅を知らない人が多くなったのです。
うちのカミさんもその一人。
JR日光駅
こんなに上天気でも平日のためか駅前には人影がありません。
歴史的価値の有る駅舎です。
2階にはシャンデリアのある大広間があります。
使用中で無ければ見学、あるいは会議などに借りることもできそうです。
私が行ったときには写真展をやっていました。

日光には浅草から直通の東武鉄道もあります。
東武鉄道の駅舎は建て直されたのかあまり趣がありません。
でも構内に入るとホームとホームの間に植え込みがあったりしてゆったりした素晴らしい駅なのです。
駅舎の階の部屋
面白いコースとしてJR新宿から東武日光駅に行く直通運転の電車もあります。
この電車はJRの新宿を出て栗橋を過ぎると東武線内を走り東武日光駅に行きます。
すぐ隣にあるJRの日光駅には行かないのです。

鉄道趣味の方ならすでにご存知かと思いますが福島県の会津方面に行く『野岩(やがん)鉄道』にも接続しています。
ぜひお勧めの日光めぐりコースです。
もちろん世界遺産の東照宮も見逃せないコースです。
東武鉄道日光駅











構内は広く隣のホームは見えません












ホームから駅舎を眺める

2011年10月27日木曜日

富岡製糸場

群馬県の富岡製糸場へ行ってきました。
明治になって欧米に追いつくため、世界に日本の生糸を知らしめるため、官営の近代的製糸場を造ったのです。
http://www.tomioka-silk.jp/hp/index.html
現在は世界遺産に登録すべく頑張っております。
平成19年度世界遺産暫定リストに記載されたと云う事で見てきました。
車で行くには上信越道の富岡インタからすぐなのですが、私の設定が悪かったのか関越道の花園インターで 降りろ! と指示されおかしいと思いながらも降りてしまったのです。
そこで降りても道路は快適混雑もなく富岡の町へ到着。
町は閑散として歩いてる人はほとんどなし。
町内にはたくさんの駐車場がありましたので適当に車を置いて散策。

場内にはツアーガイドもいまして丁寧な説明を受けられました。
さすが世界遺産応募!
しかし、展示物は傷みが激しく海外の人が見にきたら恥ずかしい。
明治の初めから昭和62年まで操業していた製糸工場は素晴らしいものです。
トラス構造の木造建築で棟延長が100mを越す巨大な建物は現在でもしっかりとその威容を保っています。
しかし細部の痛みは激しく早急の修理が必要と思いました。
そしてこの遺産を要する富岡の町はすでにほとんどの歴史的建造物はなく保存に対し手遅れ感があります。
なお、館内の写真撮影は基本的に可能ですがホームページ等に使用する場合は許可が必要となっています。

製糸場前の道に目立つ建物があります聞くところによりますと消防小屋の跡・特徴ある望楼が唯一時代を物語っているように思えます。
この建物の説明が近くにあるとお聞きしたのですがついに発見できず。
残念ながら訪問した日は、水曜日で町の商店街の休業日でその姿を見るには都合の悪い日でした。平日なら印象も変わったかもしれません。

2011年10月13日木曜日

銀山温泉

銀山温泉
(山形県尾花沢市http://www.ginzanonsen.jp/ )へ行ってきました。
昔の姿を留める小さな温泉地です。
今回は老舗の能登屋さん http://www.notoyaryokan.com/ に泊まることが出来ました。
昔の姿を留めつつ新しい設備を取り入れたすばらしい旅館に変身しています。

銀山温泉を訪ねたのは初めてではありません、能登屋さんは建物が文化財登録されており漆喰によるデコレーションはすばらしいモノです。いつか泊まってみたい! その願望が叶ったのです。
温泉街はとても狭く車が入れません。温泉街の上の方に用意された駐車場からぶらり!
すばらしい景色が目に入ります。銀鉱山が栄えたときは賑やかであったであろう町並みに大正ロマン溢れるたたずまいはすばらしいモノです。
車の通らない町並みは独特の建築方式が見られます。雪国であるために建物の管理も大変な様子。
外観を見るだけでもその価値を感じられます。
こんどは雪の季節に来てみたい。
窓辺にたたずみ、しんしんと降る雪を何も考えず観ていたら・・・


銀山温泉も今風の鉄筋コンクリートになってしまった旅館もあります。
現在町並みを保存すべく旅館の改修工事が進んでいます。
木造建築が多い中、宿泊客の安全などを考え一部木造、一部鉄筋コンクリート造(能登屋さんもこの構造です)のハイブリッド建物が増えているようにみえます。
雪の多い土地柄適材適所の工事をしないと長持ちしないようです。
数年前に新築した旅館も入り口付近の木造部分の痛みが激しいようです。
いつまでもこの雰囲気が保たれることを期待します。

2011年9月27日火曜日

墓参り

お彼岸なので墓参りをしよう!
と云いつつ、暑いとか、雨が降ってるとか、風が強いとか、気がつけばお彼岸は既に終わり、それでも行かないよりは良いだろうと・・・
見れば雑草がいっぱい、それでも頑張って綺麗になりました。
今年は盆参りもしてない。
それで草某々になってしまった。
節目ごとにお掃除に来ればそんな酷いことにはならない。
暦の節目は良くできてるモノで節目ごとに暦の行事をしていけば良い生活が出来るのでしょう。

しかしながら我が家には暦がない。来年は買ってみるか!
『おい!そんなこと云って憶えていたためしがないだろう』
『暦買うより正月にも墓参りしろよ』
・・・・・

2011年9月23日金曜日

Ks' 電気

大型家電ショップ Ks' 電気さっててん が22日オープンした。
早速行ってみましたがあまりの混雑に何も買わずに帰る。
そして今日、また行ってきました。
こういうオープンのときは駐車場の混雑が嫌になります。
この店には歩いても行ける距離(20分位?)ですが毎度お世話になっているホームセンタに寄ることにしてそちらの駐車場に車を入れます。
ホームセンタの駐車場もKs'電気の煽りで国道が混んでるはず。
それを見越して国道裏の駐車場を選ぶ。こちらはいつも空いているのです。
そこからぶらぶら歩いて・・・案の定、国道は渋滞し駐車場は満車。
2度目の今日も当然のようにホームセンタへ。
大型家電は結構売れて遠い臨時駐車場まで台車で運んでいます。
対して欲しいモノもなくμSDカードを買っただけ。
ホームセンタの駐車場何も買わずに使ったのではお気の毒・・・それに見合う買い物、カミさんが連日買っていました。

と云う訳で新しい散歩コースが出来ました。

2011年9月20日火曜日

ホームページの整理

ホームページ 『cvfの工作教室』http://park15.wakwak.com/~ja1cvf/ のサーバ容量がたりなくなって、blogの利用を考え始めたのですがコンテンツごとの分離がうまく出来ず混乱しております。
私が混乱してるのですから『読者』の方はもっと混乱してるのでしょう。

整理が付かないうちにため込んでいるコンテンツにカビが生えそうなんです。
あれもこれもと何でも手を出すのが私の悪い癖。
いま、今までと全く違うジャンルに手を出すか迷っています。迷ったら GO! ヤルしかないですね。
そろそろ身の回りを片付けなければいけないのに、またまた厳しいこと云われるか。
『余命が幾らもないのにどうするの』 グサッと刺さる言葉、どうしよう。
取り敢ずホームページの整理は後回し。

2011年9月14日水曜日

佐渡島

何となく思い立って佐渡島へ行ってきました。
今回は旅行会社のパックツアーです。
大宮駅に入線していたのは『ハヤブサ青森』ゆき、もちろんコレには乗りません。
新潟行きはトキです。新潟からはフェリーで両津港へ。
朝出て午後には佐渡島に上陸です。
汽車?は速いし、船はゆれない、島内の道路も舗装され快適ドライブです。
30年ほど前に来たときは随分時間が掛かったと思います。道路も殆どが砂利道だったようにい思います。
佐渡島と云えば朱鷺。保護センタのケージには10羽ほど、ゆっくりと羽を休めていました。
お愛想でチョット飛んでくれないかなあ~ 暫く見てましたがやはり飛びません。
と云うより殆ど動きません。
鴇色の羽は見ることが出来ませんでした。
佐渡島には昔ながらのモノが多く残っているかと思いましたが?
旅館(名前はホテル)のロビーにはnetに繋がるパソコンも!
でも、こんな電話機が現役でした。
実は私の家も同じ#600の電話機を使ってます。色はグリーンですけど。
TVもアナログ変換して見ていました。他の旅館はどうなんでしょう???
数百メートルの高台にあるおみやげ屋さん。
普通の人はこんなとこ写真に撮りませんね。屋根の上に電線が引き回してあります。
コレは避雷針です。尖っていませんけど!
次の写真を見ればうなずけます。接地極との接続箱があります。

冬場は厳しい気象なのか窓には防風雪の羽目板を固定する枠がある。冬はお休み!
冬に多いと云われる日本海側の雷さま。2階建ての建物で本格的な避雷工事をするとは。
あらためて日本海の厳しい天候を感じます。
佐渡島と云えば『金山』、さっそく坑道を見学しました。
蝋人形などを駆使して解りやすく作られていたのですがあまりにも良くできすぎて綺麗で快適な環境に見えてしまいます。
本当は流人のきついつらい仕事場だったのです。

見学通路も完全舗装、階段にはタイルの滑り止め!至れり尽くせり。
当時の画像も展示されてましたが復元坑道があまりにも立派で画像のきついつらい仕事との格差が大きく違和感を感じます。


蘇我さんの娘さんが働いてる酒造会社。工場見学と云うことで入ってみました。酒蔵の仕事のミニチュアが何とも愉快。
見学は表向き、販売が目的?
娘さんは手を振ってバスのお見送り!
最近よくある観光ツアーに組み込まれた販促企画。あまり良い気持ちではない。気分が悪いので何も買わない。
それでも多くの参加者は沢山買っている。やめられない仕事!!




〆は、たらい船。
思ったより安定性はよい。
試しに漕いでみる。
しかし櫓を押したり引いたり船は進まずその場を回るのみ。

パックツアーは良し悪しはいろいろあるけれど夕方まで遊んで夜には帰宅。
色々な手配をせず気楽な点はよいのか。
2度目の訪問。
島は綺麗になっていますが町をよく見ると商売を辞めたと思える店が沢山見られます。
綺麗になって豊かさも見えますが町は寂しくなってるのでしょう。
本当に豊かなのだろうか?