こう云うのは何というか?
タコ足配線とはチョット違うかも知れません。
違う気がします。
タコが怒るかも知れません。
よくもまあ絡まったモノですね。
ウチのカミさんは『最近の電気屋さんは下手だ』といいます。
でも下手じゃあこの配線できませんねえ。
いくら観てもどの線とどの線がどこへ行くのやら。
ここまで来ると芸術です。
ショートしないで使える!
そうです、日本の絶縁材料はすばらしいのです。
2011年11月21日月曜日
文化財のなかの保育園 足利市 『小俣幼児生活団』
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足利市にある保育園、特徴有る名前の『小俣幼児生活団』を訪ねました。
この保育園は足利市の西方、小俣町にあります。
文化財の登録を受けた大川家の中に、この保育園が有ります。
訪問したのは11月20日(日曜日)、園児が集う土曜日に訪問予定でしたが最悪の天気で足場が悪いからと一日ずらしてしまいました。
そのためにゆっくり観ることは出来たのですが子供たちの声が聞こえなかったのが残念です。
母屋その他多くの建物収蔵品が文化財として登録されています。
その中で子供たちが自由奔放に走り回っている姿はどんなモノでしょうか。
子供たちが文化財の中で窮屈な生活をしていないことはすぐに解りました。
木立の中に新築された園舎も見えます。
広大な敷地に点在する園舎。
太陽熱による床暖房も設置されています。
子供たちが快適に過ごせる工夫が随所に観られるすてきな園舎です。
もちろん古いモノを大切にする心を養うためか昔の建物も使われています。
重厚な母屋の入り口。
建物の修復中。
使える部材は出来る限り使用し昔の姿を保全する工夫がなされています。
昔の姿を守るために外した瓦は丁寧に保管。
最近見かけるモノとは形が違います。これも再利用するとのことでした。
修復の終わった音楽室?さりげなく置かれたピアノや譜面台は重厚な作りの昔のモノ。
天井の照明は時代を感じる模様が。
鋳金による作品かエンボス模様が美しいです。ガラスのシェードにも模様が刻まれています。
普通の家の雰囲気。
家庭生活の延長という考えも大切にしているようです。
保育園の裏山はまるでアスレティック公園のよう。
倒木の木登り、滑り台、落ち葉の斜面を段ボールに乗って転がり落ちることも出来ます。
裏山一体が園庭になっており、この山で拾ったと思われるドングリやトチの実などが部屋に飾ってありました。
小さな子供も泥にまみれて虫や落ち葉と戯れている姿を想像しました。
部屋に戻れば子供心をくすぐるユニークなデザインの鏡も。
室内は畳の部屋、フローリングの部屋など普通の家庭の延長のような作りです。年少児の部屋の床板は柔らかい桐や杉板を使っているのにはビックリしました。
部屋の段差も適度に・転ぶこともあり転んでも怪我をしない注意喚起を養う工夫と聴きました。
その他遊具は先生の手作り品が多数ありその一つがこの車。
この自動車は中古のハンドルを貰ってきて、イスは牛乳パックを使っていました。もちろんシートカバーも手作りです。
たまには大失敗。障子に穴をあける子も。
障子の修理、花模様の当て紙を貼って自分で直します。
悪戯や失敗は日常茶飯事と思いますが、壊したモノは直し、悪さしたモノは反省する気持ちを大切にしているようです。
行き先もなじみ有る、太田行き。
近くを走る電車のティッシュケース。子供には楽しい逸品でしょう。
江戸時代からの歴史有る文化財と現代に生きる子供たちが普通に生活できるすばらしい環境に、今度来る電車に乗ってどんな未来へ行くか楽しみです。
江戸時代からの歴史有る文化財と現代に生きる子供たちが普通に生活できるすばらしい環境に、今度来る電車に乗ってどんな未来へ行くか楽しみです。
さざえ堂 太田市東今泉、曹源寺
国道122号線から少し入った太田市東今泉、曹源寺のさざえ堂。
訪問したのは11月20日。
1792年の建立といわれ、間口奥行き共に16.3m高さは16.8mです
外観は2層、内部は3層になっています。
回廊はハッキリ2重に分かれています。
ご本尊の魚藍観世音菩薩の脇から右回りに回廊を進んで最上部へ上がり同じ路を通らず戻るようになっています。
回廊の作りは太鼓橋があったり坂道も緩急があり楽しいと云って良いのか構造的には大変面白いです。
この回廊、1層には秩父34観音、2層には板東33観音、3層には西国33観音、計100札所の観音像がまつられており、さざえ堂を一回りすれば百観音霊場札所を巡った功徳が得られると云うことです。
さざえ堂には布袋様もまつられていますが、御砂踏参道というのがあります。
参道の踏石の下に百札所霊場の御砂を敷いてあり御砂参道を踏めば百観音霊場を巡ったのと同じ功徳が得られる書かれています。
訪問したのは11月20日。
1792年の建立といわれ、間口奥行き共に16.3m高さは16.8mです
外観は2層、内部は3層になっています。
回廊はハッキリ2重に分かれています。
ご本尊の魚藍観世音菩薩の脇から右回りに回廊を進んで最上部へ上がり同じ路を通らず戻るようになっています。
回廊の作りは太鼓橋があったり坂道も緩急があり楽しいと云って良いのか構造的には大変面白いです。
この回廊、1層には秩父34観音、2層には板東33観音、3層には西国33観音、計100札所の観音像がまつられており、さざえ堂を一回りすれば百観音霊場札所を巡った功徳が得られると云うことです。
さざえ堂には布袋様もまつられていますが、御砂踏参道というのがあります。
参道の踏石の下に百札所霊場の御砂を敷いてあり御砂参道を踏めば百観音霊場を巡ったのと同じ功徳が得られる書かれています。
2011年11月20日日曜日
文化財探訪
以前から見学したいと思っていた足利市の文化財の中にある保育園・小俣幼児生活団(大川家)の一般公開が有ると電話を貰ったのが18日夜、19日にと思ったのですが最悪の天気予報。
20日の朝行きますと紹介者と打ち合わせ。
すばらしい環境でした。強いて云えば子供が遊んでいる平日に行けば良かった。
ここまで来たら隣町、太田市にある 曹源寺の さざえ堂 を思い出しました。
カーナビで検索そんなに遠くはありません。
カミさんは上州名物 ソースカツ丼を 私はトンカツ定食で腹ごしらえし さざえ堂へ・・・
詳細は後日・・・乞うご期待
20日の朝行きますと紹介者と打ち合わせ。
すばらしい環境でした。強いて云えば子供が遊んでいる平日に行けば良かった。
ここまで来たら隣町、太田市にある 曹源寺の さざえ堂 を思い出しました。
カーナビで検索そんなに遠くはありません。
カミさんは上州名物 ソースカツ丼を 私はトンカツ定食で腹ごしらえし さざえ堂へ・・・
詳細は後日・・・乞うご期待
2011年11月19日土曜日
さざえ堂 本庄市児玉・百体観音堂
この、百体観音堂はその建築構造からさざえ堂と云われています。
さざえ堂というのは二重螺旋構造のお堂です。
それについてはこちらを参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%84%E8%9E%BA%E5%A0%82
http://www.d1.dion.ne.jp/~s_minaga/sazaedo.htm
宗教的な価値観については無知な私、建物の構造が面白く見に行きました。
途中道案内もなくカーナビ頼りに進むと運動公園のゲートが。
ゲートをくぐりやがて小高い丘の上に駐車場。ここにも何も無し。
ただ道端に新しい観音像が『ここだよ』と呼んでいる気配。
だらだら坂を上り詰めると忽然と現われたこのお堂。
正しく百体観音堂でした。
しかし人けがありません。よく見れば拝観料300円、農村センターの電話番号など記載された紙一枚。
農村センターに電話してしばし、係のおねえさんが山道をエッサエッサと登ってきました。
私たち2名の拝観料600円を払い開門です。
案内して、説明して、ご苦労様でした。
外観は二層ですが、内部は三層になっており一層回廊には秩父三十四観音札所の本尊が、二層には板東三十三観音、三層には西国三十三観音が安置されています。この回廊を右遶山匝(うにょうさんそう・時計回りに三巡り)して百体の観音様にお参りし別の通路を降ります。
さざえ堂は福島県会津や北関東に多く有るようです。現存数は6~7基と云われそれぞれが特徴有る構造で興味があります。
各地のさざえ堂を探訪したい気持ちが沸き上がっています。
訪問したのは18日です。
さざえ堂というのは二重螺旋構造のお堂です。
それについてはこちらを参照下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A0%84%E8%9E%BA%E5%A0%82
http://www.d1.dion.ne.jp/~s_minaga/sazaedo.htm
宗教的な価値観については無知な私、建物の構造が面白く見に行きました。
途中道案内もなくカーナビ頼りに進むと運動公園のゲートが。
ゲートをくぐりやがて小高い丘の上に駐車場。ここにも何も無し。
ただ道端に新しい観音像が『ここだよ』と呼んでいる気配。
だらだら坂を上り詰めると忽然と現われたこのお堂。
正しく百体観音堂でした。
しかし人けがありません。よく見れば拝観料300円、農村センターの電話番号など記載された紙一枚。
農村センターに電話してしばし、係のおねえさんが山道をエッサエッサと登ってきました。
私たち2名の拝観料600円を払い開門です。
案内して、説明して、ご苦労様でした。
外観は二層ですが、内部は三層になっており一層回廊には秩父三十四観音札所の本尊が、二層には板東三十三観音、三層には西国三十三観音が安置されています。この回廊を右遶山匝(うにょうさんそう・時計回りに三巡り)して百体の観音様にお参りし別の通路を降ります。
さざえ堂は福島県会津や北関東に多く有るようです。現存数は6~7基と云われそれぞれが特徴有る構造で興味があります。各地のさざえ堂を探訪したい気持ちが沸き上がっています。
訪問したのは18日です。
2011年11月13日日曜日
CROATIA クロアチアへ行ってきました 3
クロアチアの旅は南部のダブロブニク(dubrovnik)を最後に帰途につきました。
南部の天気は曇りがちで寒くアドリア海の景色は・・・
早朝出発の飛行機は乗り継ぎが多く、ダブロブニク、ザグレブ、フランクフルト経由、それもフランクフルトの乗り継ぎには8時間近くの待ち時間が!
旅行会社の配慮でハイデルベルグまでのおまけツアーをしていただきました。
ハイデルベルグは20年ぶりの訪問です。
寒くて霧にけむる日でしたがその景色は20年前と変わらず、ネッカー川に掛かる石造りの橋は昔を思い出す私たちを迎えてくれました。
有名なワインの大樽も昔のまま。もちろん生ビールとソーセージにポテト、ザワークラウトは忘れずに頂きました。
ドイツは私の好きな国です。
ドイツの草原にはいたるところに季節外れと思える菜の花が盛りを過ぎ収穫を待っています。
フランスとの共同開発の新種でバイオ燃料の研究用と聞きました。
3.11以後ハッキリと脱原発路線を歩み始めている行動の早さに我が日本の動きがますます気になります。
数ヶ月前、カミさんが車の中で、高速道路の法面や休耕田を放置しないで菜の花でも植えればよいのにと云っていたのを思い出しました。
それが、ドイツのバイオ燃料研究を知ってのことか定かではありませんがたまには良いこと云うなあ!!
代替燃料を確保しなければ脱原発は出来ない・・・
南部の天気は曇りがちで寒くアドリア海の景色は・・・
早朝出発の飛行機は乗り継ぎが多く、ダブロブニク、ザグレブ、フランクフルト経由、それもフランクフルトの乗り継ぎには8時間近くの待ち時間が!
旅行会社の配慮でハイデルベルグまでのおまけツアーをしていただきました。
ハイデルベルグは20年ぶりの訪問です。
寒くて霧にけむる日でしたがその景色は20年前と変わらず、ネッカー川に掛かる石造りの橋は昔を思い出す私たちを迎えてくれました。
有名なワインの大樽も昔のまま。もちろん生ビールとソーセージにポテト、ザワークラウトは忘れずに頂きました。
ドイツは私の好きな国です。
ドイツの草原にはいたるところに季節外れと思える菜の花が盛りを過ぎ収穫を待っています。
フランスとの共同開発の新種でバイオ燃料の研究用と聞きました。
3.11以後ハッキリと脱原発路線を歩み始めている行動の早さに我が日本の動きがますます気になります。
数ヶ月前、カミさんが車の中で、高速道路の法面や休耕田を放置しないで菜の花でも植えればよいのにと云っていたのを思い出しました。
それが、ドイツのバイオ燃料研究を知ってのことか定かではありませんがたまには良いこと云うなあ!!
代替燃料を確保しなければ脱原発は出来ない・・・
CROATIA クロアチアへ行ってきました 2
物価が高いと云われるクロアチアですが、通貨はKuna(Kn)・約15円です。
これはガソリンスタンドの看板です。上からハイオク、レギュラ、軽油、灯油、と訳しても良いでしょう。
う~ん、チョット高いかな?
実は首都ザグレブから南下して景色の良いアドレア海の方へ向かっています。目的はもう一つ・まだ社会主義時代の様子が残り物価が安いと云われる隣国(ソ連時代は一つの国)ボスニアヘルツェゴビナへ。
ボスニアヘルツェゴビナのスーパマーケットは地下にあり一階はカフェでした。その店内。お客はまばら、気になるのはキャッシャーのおねえさん。
番台のような高いイスの上から監視?これじゃぁヒソヒソ話も出来ません。
写真とったら怒られるかと慌ててとったらピンボケ!失礼しました。
暫く前の中国の雰囲気でした。
さて目的のスーパーは。
観光客目当ての商品以外は閑散として地元の人も思いの外少ないようです。
買い物中のお客さんツアー仲間の日本人です。
釣り銭は投げてよこす。もちろん品物も同様。
もうこの国は社会主義ではないはずですが。
ボスニアヘルツェゴビナは2004年頃まで内戦状態で、その影響がまだ残っている状態でした。
この地域はロシアが地中海へ出るための要衝として統治下に置きたかった土地柄。本当の平和が来たのか心配です。(つづく)
これはガソリンスタンドの看板です。上からハイオク、レギュラ、軽油、灯油、と訳しても良いでしょう。
う~ん、チョット高いかな?
実は首都ザグレブから南下して景色の良いアドレア海の方へ向かっています。目的はもう一つ・まだ社会主義時代の様子が残り物価が安いと云われる隣国(ソ連時代は一つの国)ボスニアヘルツェゴビナへ。
ボスニアヘルツェゴビナのスーパマーケットは地下にあり一階はカフェでした。その店内。お客はまばら、気になるのはキャッシャーのおねえさん。
番台のような高いイスの上から監視?これじゃぁヒソヒソ話も出来ません。
写真とったら怒られるかと慌ててとったらピンボケ!失礼しました。
暫く前の中国の雰囲気でした。
さて目的のスーパーは。
観光客目当ての商品以外は閑散として地元の人も思いの外少ないようです。
買い物中のお客さんツアー仲間の日本人です。
釣り銭は投げてよこす。もちろん品物も同様。
もうこの国は社会主義ではないはずですが。
ボスニアヘルツェゴビナは2004年頃まで内戦状態で、その影響がまだ残っている状態でした。
この地域はロシアが地中海へ出るための要衝として統治下に置きたかった土地柄。本当の平和が来たのか心配です。(つづく)
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